私達を深い愛情で愛してくれた先生

私の父は転勤が多く、小学校に就学するまでに4回ほど引っ越しがありました。
3歳の時に幼稚園に入学してから小学校に入学するまでの期間は
何度も幼稚園が変わりました。

 

幼稚園を4回も変わったので、その度に新しい環境や新しい先生、新しい友達に
慣れていくのが子供ながらにとてもストレスに感じていました。

 

父の転勤は仕方ないことだと分かっているのですが、慣れた幼稚園から
離れていく時は心が引き裂かれるような心情になったのを覚えています。

 

何度か転勤を繰り返し、年長になってから入学した幼稚園は今でも鮮明に覚えています。
年長組みが3組あったのですが、私はバラ組になりました。
バラ組の先生は他の組の先生と比べて、髪もショートカットでボーイッシュな先生だったので
私は正直、他の組のかわいらしい先生の組の子がうらやましく思いました。

 

ですが、卒園する頃にはその先生が大好きになっていました。
今、私が母親になってバラ組の先生の事を良く思い出します。
お子さんもいないのに、若い年齢だったのに素晴らしい先生だったのだと。

 

バラ組には発達障害のある男のお子さんがいました。
その子は他の子供たちと一緒に行動したり、先生が話していることを理解するのが難しい子でした。

 

今のようにネットなどの情報がない中で、発達障害のあるお子さんを見るということは
大変だったと思います。
その男の子が走り回ったり大声を出したら、授業は止まってしまいます。
でも誰一人その男の子を責めたりしないし、いなくなればみんなで探しにいったりしました。

 

先生は一生懸命にその男の子をいつも愛していたように思います。
いつも笑顔で一つも困った顔をすることなく、接していました。
本当に偉い先生だと思いました。

 

最初はボーイッシュでかわいくない先生だなと思ってました。
ですが、その先生がどの先生よりも子供たちに愛情を注いでいると感じました。

 

当時6歳だった私でも分かりました。
私達が卒園するとき、その先生は一人一人の似顔絵を書いた色紙をくれました。
顔をグチャグチャにして涙する先生を見たときに、バラ組のみんなが泣きました。
そしてその障害のある男の子を中心にして、みんなで笑って抱き合いました。
私が小学生の時、結婚されて他県に行かれたと聞きました。
卒園してからはその先生に一度もお会いしていませんが
もう一度お会いしたいなと思います。
私は3歳と7歳の母親になりました。
私の育児の先生は、私が6歳の時の先生だったバラ組の先生です。